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  • Digital Japan 2030

働き方のデジタル化 – ユーザー中心設計と「アジャイル」開発

Updated: Feb 2, 2021

定義、創出できる価値

1970年代から1990年代にかけて、日本は「プロセス」のイノベーションを牽引した。産業界は好景気に沸き、日本の製造システムは、生産量を体系的に拡大し、品質を改善し、改善された結果をさらに向上させ続け、やがてその方法論は金科玉条となった。そうした代表的な方法論に、「カイゼン」、在庫管理のカンバン方式、ジャスト・イン・タイム製造、「トヨタウェイ」がある。これらの「働き方」を世界中に展開し、利益を育んだ各メーカーは、まさにリーン生産方式を体現していたと言えよう。


1990年代後半から2000年代前半にかけてデジタル技術が浮上すると、製品製造の新たな方法論が登場した。「働き方のデジタル化」を推進する様々なやり方の中で、別々のフレームワークでありながらも緊密に関連し合った2つの方法論が人気を博し、その有効性が繰り返し証明されてきた。すなわち、「アジャイル」と「人間中心設計」である。

2001年に熱心なソフトウェア開発者たちがユタ州スノーバードに集まり、以下の4つの原則に基づく「アジャイルソフトウェア開発宣言」が生み出された。

  • プロセスやツールよりも個人と対話に価値を置くこと

  • 完全完璧な書類・資料よりも実際に動くソフトウェアに価値を置くこと

  • 契約交渉よりも顧客との協調に価値を置くこと

  • 計画に従うことよりも変化への対応に価値を置くこと

この簡潔にして強力な手法は、プロセスを迅速化し、「試してみながら学んでいく」「できる限り早く失敗する」といった概念を取り入れることを意図していた。アジャイルな考え方からは副産物として「実用最小限の製品」(MVP)を追求する概念が生み出された。これは商品の市場投入時間を迅速化し、簡潔な作業を反復しながら、消費者の反応を測定し、できるだけ速やかに価値を創出しようとするものである。


2020年にMcKinseyが6つの産業に属する22の組織を対象に調査したところ、「アジャイル」を完全に採用した場合、4つの側面で定量化可能な便益がもたらされることが分かった。


顧客満足度: アジャイル型組織は「 顧客満足への執着」を掲げ、顧客への成果を創出するために価値創造の流れとチーム目標を連携させることで、ネット・プロモーター・スコア(NPS)を10~30ポイント改善する余地がある。


従業員の自分事化: 従業員が明確な使命を持ち、製品の明確な方向性を定める実質的責任を担った場合、企業のeNPS(従業員NPS)スコアが20~30ポイント向上した。


生産性: 業界毎に市場投入までに要する時間や従業員の生産性を測定したところ、実際の業績を反映する透明な評価基準を設定し、明確に定義された価値創出タスクに従業員が十分に専念できるよう支援した場合には、アジャイル型組織の運用効率が30~50%改善した。


財務業績: 上記3つの成果を通じて総合的に改善された財務業績を、常勤従業員のコストに換算して測定したところ、20~30%の削減が見られた。


本章が取り上げるもう1つの方法論の「人間中心設計」も、当初の目的を超えて大きく広がった。具体的事例を1つ挙げれば、「デザインシンキング」のコンセプトは元々1950年代後半に形成され、設計のアイデア出しを行うための体系的フレームワークを提示するものだった。1990年代になって、デザインコンサルティング企業のIDEOがそれをビジネス開発に適用したところ、広く関心を集め始めた。デザインシンキングは「共感、定義、創造、プロトタイプ、試験」の5本の柱を基本とする。これらの基本は、アジャイルと同じく、エンドユーザーを理解することや、早い段階での検証に努めることの重要性を強調している。デザインシンキングは、組織が消費者の言葉を聞き取れるように様々な手法(例: 行動観察調査、消費者との共創、機能的プロトタイピングなど)やツール(例: ユーザーペルソナ、トレンド分析、カスタマージャーニーなど)を提供する。


2018年のMcKinseyの調査を通じて、人間中心設計も定量化可能なメリットがあることが示された。McKinsey Design Index(MDI)フレームワークは、企業の設計能力を、分析指導力、部門横断的人材、継続的な調整、およびユーザー体験の観点から評価するものである。


上場企業300社を対象とした5年間に渡るグローバルの調査から、強力な設計文化と財務実績の好調さとの間には相関関係があることが浮かび上がった。McKinsey Design Indexスコアが上位4分の1に入る企業は、業績が業界平均と比べて2倍以上上回った。さらに、MDIスコアが高くなるほど、収益成長率の高さと相関し、上位4分の1に入る企業の場合は株主へのリターンも高いことが判明したのである。


現況

汎用フレームワークとしての「アジャイル」は、「スクラム」「エクストリームプログラミング」「カンバン」「ユーザー機能駆動開発」といった手法に組み込まれている。構成や用語は異なっても、それらはいずれも早期の価値創出、顧客中心主義、部門横断的協働を重視している。


Google、Netflix、Spotifyなどの「デジタルネイティブ」企業が開拓者となったことで、「アジャイル」は開発組織の設計やソフトウェア実装管理のデファクトスタンダードになっている。例えば、Spotifyは「Spotify Model for Agile @ Scale」を公表し、同社の組織が全社的にフラットな体制であることを説明している。すなわち、組織における最小ユニットとして、機能横断的な「スクワッド」と呼ばれる、とある1つの商品構築に特化したチームがいる。さらに、これらのチームは、より大きな製品群レイヤーで共通の目標を持つ「トライブ」にグループ化される。最後に、製品軸ではなくスキル軸の括りとして、同様のスキルを持つ人材を製品横断的な「チャプター」と呼び、会社全体で横の連携や知識共有を可能にしている。

もっとも、アジャイルはもはや開発チームやソフトウェア会社に限ったものではなく、各業界の大手企業が「事業としての俊敏さ」を徐々に取り入れている。


2015年にオランダの金融グループINGは、マーケティング、ソフトウェア開発、製品管理各部門の従業員3500人の再編に着手し、市場投入時間の短縮化、顧客および従業員の満足度の向上といった目標に沿って、各9人からなるスクワッドに振り分けた。アジャイルを採用することによって、各チームの連携を図り、顧客に一層の楽しみを感じさせるオムニチャネル経験を提供して、NPSを向上させることができた。また、製品に対する主体性を従業員に持たせることで巻き込みを図り、画期的なDevOps開発手法を活用してソフトウェアの市場投入時間を約4分の1に短縮することに成功した。


「リーン」や「トヨタ生産方式」(TPS)を生んだトヨタは、商品開発の継続的イノベーションに力を入れており、アジャイルチーフを任命したことも、そうした意志を明確に表している。また、「トヨタウェイをスクラム化する(Scrum the Toyota Way)」と称して、「スクラム」の概念を基盤にTPSを進化させているが、米国のトヨタコネクトに発した取り組みは日本にも逆輸入されている。一方の日本では、2018年以来ウーブン・プラネット・ホールディングス(旧トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント(TRI-AD))が当初からアジャイルを活用して、自動走行車やスマートシティを中心とした斬新な新規ビジネスに取り組んでいる。



企業はまた、デザインシンキングを取り入れ、商品とサービスの継続的な技術革新、競争力の維持、顧客へのベストサービスの提供に努めている。


Capital One は、クレジットカードを消費者に直接販売するビジネスモデルを最初に構築したが、競合他社が同様の販売方法で対抗し始め、自社のビジネスモデルを再構築する必要性に迫られていた。そこで、人間中心設計による技術革新に注力するCapital One Labsを新たに創設し、その成果の一環として、銀行とカフェのハイブリッドスペースである「Capital One 360 Cafe」を立ち上げた。


グローバルコーヒーチェーンのStarbucksも、研究者とバリスタが協働して新商品の設計に取り組む「Tryer Center」を設立して、同様の方向性を模索した。その結果、例えば、ローテーションで同センターに勤務していたバリスタの1人が、ほとんどのカフェに設置可能な小型の新規コールドブリューマシンの考案に寄与したと言う。


日本では、航空会社の全日空が同社伝統の「やんちゃ精神」を持ち続けることを目標に掲げて、2016年にデジタル・デザイン・ラボを立ち上げた。施策として取り組みには、空港でのVRプロジェクト、遠隔操作によるロボットの「アバター」、クラウド・ファンディング・プラットフォームのWonderFLYなどがある。


今後の技術発展の方向性

今後10年間に様々な方法論の進化が見込まれるものの、アジャイルの諸原則は基礎フレームワークとして残り、顧客価値を創出する方法として、なおもチームや組織を触発し続けるだろう。


今後、アジャイル手法が企業内のより多くの部署に取り入れられることが見込まれることから、アジャイル開発のフレームワークは引き続き開発・更新され続けるだろう。実際、2020年にはScaled Agile Framework (SAFe)とScrum@Scale がそれぞれバージョン5.0と2.0に達している。SAFeが大手企業に俊敏さを徐々に身に付けさせているのに対し、Scrum@Scaleは、複数のスクラムチームで大規模なネットワークを構成し、最も効率的なやり取りを実現するための方法を定めることに注力している。ところで、「アジャイルソフトウェア開発宣言」で提案された同じ部屋で働くという方針は、2020年の新型コロナ感染症の影響を考えれば、見直しが必要である。テレワーク勤務の従業員の割合が増えていることから、企業は分散しているチームメンバーがそれぞれ別のタイムゾーンにいても協働できるようなベストプラクティスを考案し、その体系化に努めるだろう。その際には、AtlassianのJira、Confluence、Slack、Zoomなどのデジタルプロジェクト管理ツールやコラボレーションツールが、チーム内やチーム間の透明性を確保するために一層中心的な役割を果たすと思われる。


また、縦割り組織の解体が進むにつれて、チームメンバーはクロススキル化やスキルアップが求められるようになると予想される。クロススキル化は、複数の役割を担うことを可能とし(例: フロントエンドとバックエンドのソフトウェア開発、テスト、設計)、各チームメンバーはより自律的に活動できるようになる。一方、正規・非正規の学習を通じたスキルアップは、専門知識を深め、実行力を高めることができる(例: 開発者向けのサイバーセキュリティや機械学習の研修)。


サービス開発の観点から言えば、オムニチャネルやマルチプラットフォームのソリューションが多くの業界で標準的なものとなってきている。例えば、銀行口座を支店の窓口で開設すれば、管理はスマートフォンでも行える。車は物理的製品に留まらず、様々なアフターサービスを提供したり、ソフトウェアを継続的に更新したりする対象でもある。デザインシンキングは、既に物理的製品の設計、デジタル設計、サービス設計に適用されており、近い将来、これら3つを統合するフレームワークが成熟していく可能性が高い。


消費者の方でも、能力や知識の異なる人々がバリアフリーで使用できる、あらゆる人が使用可能な製品をさらに期待するようになってきている。デザインシンキングは既に多様なユーザーニーズを理解するために活用され始めており、今後もDEAI (多様性、公平性、アクセシビリティ、包摂)に改めて着目した手法やツールが次々と形作られていくことだろう。


将来の主要な適用事例

アジャイルとデザインシンキングは、様々な業界において組織の活動や製品の品質を劇的に改善する可能性がある他、製造や情報処理のプロセスを再編して柔軟性や拡張性を高めていくことにも有用である。特に日本の企業はこれまでもオペレーショナルエクセレンスや優れた設計能力を発揮してきたことから、アジャイルやデザインシンキングのフレームワークを様々な面に取り入れることによって、一段階レベルを引き上げることができるだろう。


製造の高品質化を遂げるためには、複雑なプロセスのきめ細かい管理が求められた。同様に、今日ではどのような分野であれ、プロジェクトを推進しようとすれば、活発な人的ネットワーク、物理的・デジタル的構成要素、様々な規則や規制、変化の速いユーザーニーズなど様々な要素を含む複雑なプロセスに対応していく必要がある。安定的で方向性が定まった組織にアジャイルの考え方が加われば、そうした複雑な要素に簡潔に対応していくのに役立つに違いない。


日本の大半の業界の企業が、従業員の能力を引き出したり、顧客との協働をより効果的に行ったりすることで、多くのプラスの効果が得られる状況にある。ソフトウェア開発、マーケティング、研究開発といった領域では、既に様々なシナリオにアジャイルな手法を適用することに成功しているが、それが、カスタマーサポート、人事、法務、財務といったその他の多くの機能にも広がれば、生産性、従業員のやる気、ステークホルダーの満足度と言った面でプラスの効果を獲得できるに違いない。


同様にデザインシンキングも、ますます増加する海外の顧客に対して、日本が誇る優れた製品やサービスの伝統を活かしながら、絶えず変化する需要を満たし、喜びを提供することに有効である。デザインシンキングの視点を入れてビジネス開発に取り組めば、顧客のニーズをより的確に把握し、満足度の高い製品やサービスを創出できるようになる。企業は大胆な変革を受入れ、成功事例を率先して示すことが求められている。その際に大事なことの1つは、下の図が示すように、アジャイルアプローチとは、膨大な施策リストから取捨選択することではなく、包括的な文化改革であることを理解することである。いくつかの施策をばらばらに適用するのではなく、「人材、プロセス、技術、構造、戦略」の5つの面に対して効果的な打ち手を実行するならば、組織の再設計が成功する確率も高まるだろう。



もう1つ大事なこととして、組織変革には、従業員を発奮させ、熱意を沸き立たせる目覚ましい成功事例と経営陣の支援が必須であることである。米国でアジャイルがまだ新興の方法論であった頃は、個々のチームがまずは試験的に取り入れ、生産性の向上や市場投入時間の短縮化といったプラスの効果が実証された後、より広範な普及へとつなげるといったやり方が多かった。日本の企業の場合、前述のイノベーションセンターやデザインラボの事例が示すように、まず新たな働き方に取り組むチームを戦略的に決定し、徐々にその影響を組織全体に拡大していくやり方で変革を推進することも可能だろう。


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