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  • Digital Japan 2030

次世代のモバイル機器とAR/VR

Updated: Feb 1, 2021

定義、創出できる価値

過去20年間に、人間とデジタル機器との関わり方は著しく進化してきた。以前の自宅や職場では、シンプルなディスプレイ、キーボード、マウスを備えたデスクトップコンピューターを使用するのが一般的であり、情報の取り込み、データや作業指示の入力は手作業で行っていた。端的に言えば、デジタル経験は1つの部屋に、1つの関わり方に限定されていた。その後、スマートフォンやタブレットといったモバイル機器がデジタル世界への新たな入口となり、あちこちに散らばった様々な情報に簡単にアクセスしたり、1日中接続し続けたりすることが可能になった。 近年では、技術的進歩とユーザーによる探求心のおかげで、2つのモードのデジタル経験が創出された。それらは相互補完的であると同時に、密接に関係しあっている。その1つは、パーソナル機器の増加に伴ってコンピューティング機能が周囲の環境にどんどん浸透していることであり、もう1つは、「調整現実」技術の誕生によって、コンピューターの生成した空間世界への没入が可能になったことである。


パーソナル機器には、スマートフォン、タブレット、ノート型パソコン、ウェアラブル(スマートウォッチやフィットネストラッカー)などがある。これらの機器を使えば、ユーザーは外出先で情報を参照したり、健康や生活習慣の詳細データを収集したり、場所を選ばずにどこからでも作業中の内容にアクセスしたりすることができる。「スマート化」される機器が増えるにつれて、ユーザーはそうしたやり取りをますます効率的に行えるようになり、作業に要する時間も短縮化できる。


「調整現実」とは、物理的世界と関連した仮想空間を指し、下記の図が示すように、その度合いによって「情報を重ね合わせる」(AR: 拡張現実)から「完全に置き換える」(VR: 仮想現実)に至る各段階に区分される。いずれもカメラやセンサーが捉えた画像を画面上に投影するが、VRでは頭に装着するヘルメットに画面が付いているのに対し、ARの場合、ディスプレイ上で現実世界のフィードとコンピューターの生成画像が合成される。



それでは、これらの新たなインタフェースは、どのような価値をもたらすのだろうか?

まず挙げられるのは、求める情報に瞬時にアクセスできるようになることである。コンピューターの場合は、自分のアカウントにログインし、項目の一覧を眺め、その中から選択するといった一連の動作を必要とするが、スマートウォッチなら即座に気象情報を教えてくれたり、最新メールを表示してくれたり、次の目的地への行き方を提案してくれたりする。ARを適用すれば、外国語表記のリアルタイム翻訳、場所や建物の名称、購入を検討している商品の形状や詳細内容といったその場で必要な情報が、実際の空間に重ね合わせて表示される。VRは、モデル化されたデジタル空間、ライブイベント、シミュレーションによる実践的研修などに私たちを没入させ、情報や知識をライブ感覚で伝えてくれる。


2つ目は、データの入力やコンピューターの制御を、より自然に、より効率的に行えるようになることである。ウェアラブルやモバイル機器は、手で操作しなくてもフィットネスデータのトラッキングが可能であり、「ウィジェット」を使えば、単にボタンを押すか、音声による指示で、アラーム設定、送金、メッセージ送信などが行える。 AR/VRはジェスチャーやコントローラーの操作で仮想空間を操作することができ、人間と機器のやり取りが一層スムーズになる。


現況

「アプリのエコシステム」が爆発的に拡大したおかげで、今では、ほとんど消費者向けサービス(オンラインバンキング、電子商取引、モビリティサービス、エンターテインメントなど)がスマートフォン上で利用できるようになった。企業側では、アプリを通じたユーザーの認証やトレーニングの提供などに活用している。以前なら、POS機能、レストランでの注文受付、産業用システムへの接続といった専用端末を要したユースケースさえ、今や簡単に実現できるのである。


スマートウォッチやリストバンドのようなウェアラブル機器は、フィットネストラッキング、生産性向上機能、ファッション性などを中心に価値を提供し、消費者向けの分野で幅広い成功を収めている。米国では人口の21%がスマートウォッチやフィットネストラッカーを定期的に装着しており、日本でも販売台数が2019年には120万台に達し、2020年第2四半期も対前年度比で8%増加するなど、安定成長路線にある。


産業用ウェアラブルも徐々に利用の場が広がり始めており、安全性を最大限確保するために作業者の集中力を損なうことなく、現場で必要な情報をハンズフリーで提供することを期待されている。例えば、Androidベースのタブレット型ウェアラブルコンピューターであるRealWearの製品は、作業員はそれをヘルメットに装着し、音声で制御しながら、指導者とビデオ通話したり、文書へのアクセスやデータの表示・転送などを行ったりできる。

RealWearは2019年後半に日本市場に参入し、様々な、ITサービス会社(システムインテグレータ)やOEMとのパートナーシップの確立に着手し始めた。


大半の日系家電メーカーは、ソフトウェア設計に優位性を持つ企業や、コモディティ化したハードウェアの製造に優位性を持つ企業がひしめく消費者向けウェアラブル分野に参入するのを躊躇してきた。代わりに、B2B分野に着目し、中には少数ながらも業務用のウェアラブルで賭けに出たメーカーもあった。例えば、ソニーヨーロッパはB2B用のウェアラブル機器であるmSafetyを開発した。これは、医療従事者が患者をモニタリングしたり、雇用者が危険な仕事場での作業者の安全性を監視したりするのに使用できるプラットフォームである。カスタマイズしたB2Bウェアラブルの別の事例としては、手首に装着するRFIDリーダーのTECCOが挙げられる。この機器は、工場や物流倉庫の作業者に、振動を通じて取り付けやピッキングすべき正しい部品を知らせることができ、部品を探したり特定したりする時間の節減に貢献する。


ARとVRは、当初はテレビゲームやホームエンターテインメント向けに開発されたものであるが、消費者分野でもより多くのユースケースが見出されるようになってきている。小売業界では、家具製造販売の多国籍企業であるIKEAがARアプリとして「IKEA Place」を提供している。顧客はこのアプリを使って、購入しようとしている商品が自分の家の中でどのように見えるかをスマートフォン上で直接可視化できる。ARには人を驚かせる要素があるが、世界中のマーケターたちがそうした面を開拓しようと様々な試みを行っている。Burger Kingがブラジルで仕掛け、受賞もした ARによるマーケティング活動の事例では、顧客に競合相手であるハンバーガーチェーンの垂れ幕や看板広告を”バーチャル”に燃やさせ、炎の下から自社のクーポンが現れるようにした。


VRは教育や会合などの場で没入体験を創出するツールとしても活用されている。Microsoftは複合現実ヘッドセットのHoloLens向けに学習用アプリの開発も進めているが、実際の使用事例から記憶の維持、テストの得点、取り組みの積極性の面でプラスの効果があったことを報告している。スタートアップのVR Educationは仮想現実イベント向けのプラットフォームである「Engage」を開発した。2020年の新型コロナ感染症のパンデミックも開発理由の一部であるが、結果的に仮想イベントへの関心が高まり、収益の増大に結びついた。


AR/VRはトレーニングの効果を高める目的でも様々な業界で導入されている。小売業界では、Walmartが店舗内の360度映像を取り込んだVR機器を使用して従業員の対人スキル研修を実施したところ、受講者のテスト成績が10~15%向上したと報告している。航空宇宙業界では、AR/VR開発企業のInlusionが航空機整備会社と共同して、整備士向けの研修・試験システムを開発した。同システムを使うことで、整備士は完全に安全な環境下で整備の実習を受けることができるようになった。エネルギー・素材分野では、BMAやRio Tintoなどの数社が鉱山や工場の現場をナビゲーションするVRシステムを研修やデモ用に開発している。

医療分野では、VRは実習や手術前のシミュレーションに使用されている。イスラエルのスタートアップAugmedicsの場合、さらに思い切って手術の現場に踏み込み、外科医が「透視能力」さながらに患者の脊椎構造を見えることができ、遠隔制御で手術器具の正確なポジショニングが可能となるようなARヘッドセットを開発した。


現在、AR/VR技術の広範な採用を妨げているのは、適用可能なユースケースが増加している割にヘッドセットの価格も高額なこと、データ要件が高いためにスマートフォン上でのAR体験では相対的に質が劣ること、AR/VR用途向けの開発には高度な専門知識が必要なことである。ただし最後に挙げた障壁は、GoogleやAppleがスマートフォンARアプリ用のソフトウェア開発キット(SDK)を開発し、高性能アプリの作成に使用できる個々のモジュールをプログラマーに提供していることで部分的に解消されつつある。


プライバシーやセキュリティ分野も、AR技術メーカーが今後取り組むべき重要領域である。最初のスマートグラスが発売されて以来、消費者やプライバシー保護の責任者からは、そうした機器に搭載されているカメラやマイクが「常時オン状態」であることを懸念する声が上がっている。AR経験を提供するにはそうした機能が必要である一方で、プライバシーへの影響はスマートグラスの装着者のみならず、その場に居合わせた人にも及ぶことになる(この種のプライバシーが、録音や撮影に明瞭な同意を要求する通信傍受や反パパラッチ関連の法律によって保護されている地域も少なくない)。広範な用途に本格的に用いられるようになるためには、機器の開発に「プライバシー・バイ・デザイン」の手法を取り入れることの他(録音中であることが明確に表示される、録音を簡単に止められる、など)、データ取得の透明性を追求したり、ユーザーや第三者を保護するために強力な指針を策定したりすることが鍵となるだろう。


今後の技術発展の方向性

スマートフォン技術の動向を見ると、デザインの簡潔化やフォームファクタのハイブリッド化が進んでいる。


デザインの簡潔化について言えば、ポートやボタンを減らし、ベゼルをより狭くしたスマートフォンが現れている。ワイヤレス充電、Bluetooth接続、画面上の指紋センサーなどが可能となったことにより、エッジ部分もディスプレイで覆われ、ポートやベゼルのないスマートフォンがじきに登場するかもしれない。UltraSenseなどが開発に取り組む振動センシング技術を適用すれば、物理的ボタンがゼロで、表面全体が触覚インタフェースになる機種も製造できる可能性がある。


ハイブリッド化とは、既存と新規のフォームファクタが融合する傾向を指す。その一例である「ファブレット」(電話とタブレットのハイブリッド機器)は、スマートフォンで処理できる作業を増やすために画面の拡大とプロセッサーの高性能化を推し進めて誕生した製品である。しかし、画面サイズをそれ以上大きくできず、一方でポケットにも入れにくいといった不便があるため、他のフォームファクタが新たに登場してきている。いくつかのメーカーは、フリップフォンや、スマートフォンサイズの機器でありながら必要時にはタブレットサイズに広げられる折りたたみ式画面を持つスマートフォンの再導入を試みている。


スマートウォッチとフィットネスバンドの成功に支えられたウェアラブルは、ブローチ型や指輪型のスマートジュエリーなど、さらに多様な形態への発展が期待できる。また、AIアシスタントを用いたオーディオベースのインタフェースが発達し、ノイズキャンセリングや音声強調技術の小型化や最適化が進んでいることから、スマートイヤフォンや補聴器を含む「ヒアラブル機器」のユースケースが今後ますます見出される可能性も高い。


身の回り品の「スマート化」も有望なポテンシャルがあり、ライフスタイルに様々な知見がもたらされるだろう。近年に催されたコンシューマーエレクトロニクスのいくつかの見本市では、歯の健康状態をモニタリングするネット接続対応の歯ブラシ、水分補給状況をトラッキングする水筒、高齢者の転倒防止用のベルトなどが展示されていた。現在それらのスマート機器は、アプリとの連動や、手間取りがちなBluetoothのペアリングが必要だが、5GとIoTのプラットフォームが普及すれば接続も容易になるため、一層ユーザーフレンドリーなソフトウェアやハードウェアを設計することが可能になるだろう。


調整現実の技術はまだ日が浅く、今後10年間のうちに、AR/VR体験を大きく向上させる鍵となる下記のような技術的進展が期待される。


第1に、現在のヘッドセットは非常に大きくて重く、高度な機能を提供しようとすれば、ヘッドセットをコンピューターやゲーミングコンソール、専用の処理装置とケーブルでつながなければならない。関連技術の小型化が進めば、機器の小型軽量化も促進されるだろう。そしてFacebookのOculus Questのようにケーブル不要のヘッドセットが一般化するだろう。それにより様々なソリューションのモバイル化が進み、ARの価値がさらに増大すると思われる。


第2に、モビリティの向上という面で言えば、5Gの採用が特にスマートフォンベースのARで進むことにより、野外でもリアルタイムのストリーミングが可能になり、現在の遅延性や限定的な画質が改善されるだろう。


第3に、グラフィックハードウェアが改善されると共に、「フォービエイテッド・レンダリング」(目の焦点付近のみを最高の解像度にすることで人間の視覚に近くなるよう最適化する手法)などのグラフィック処理が進歩するだろう。このような最適化が図られれば、グラフィックスの滑らかさや現実感が向上し、より臨場感あふれる体験を楽しめるようになる。また、VR映像による酔い(サイバー酔い)も軽減されるに違いない。


将来の主要な適用事例

ウェアラブル機器は、1日おける人間と機器間のやり取りの時間を短縮化し、継続的使用を促し、関係性を深化させる方向に向かっている。その点、コンピューターやスマートフォンがデジタル消費の時間をより長くしようとしているのと対照的である。


AR/VRの採用が促進されるには、機器の価格が下がることや着脱・携帯がしやすくなることの他、「開発ツールキット」の改善が進み、扱いやすいプラットフォーム上で技術者が仮想経験を構築できるようになることが必要である。


下記に、各産業で採用される可能性が高い、いくつかの注目すべきユースケースを紹介してみよう。


小売: いまだ実験の域を出ないものの、「Perfect」のようなARソリューションは、買い物客が店内の「マジックミラー」で化粧品や美容製品を試してみることを可能にし、手軽で楽しい体験を提供する。さらには同様の体験を自宅でもスマートフォンで楽しめ、電子商取引の便利さが増す。


ヘルスケア: 患者側では、VRのおかげで、隔離された安全な環境で現実感覚を持ちながら、診察を受けたり、新生児に会ったりすることが可能になり、医師側では、VRやARを学習や研修に利用したり、遠くにいる患者に健康状態を説明してもらったり、病状を理解してもらったりすることができるようになる。慢性病患者の健康マーカーをモニタリングする専用のウェアラブルを使えば、予防処置や遠隔医療が一層容易に実施できる。例えば、Skiinのスマートウェアは、注意深いケアな必要な人のバイタルサイン、睡眠習慣、病気の兆候をモニタリングできる。糖尿病をモニタリングする非侵襲的なウェアラブルも開発中である。


工業: 研修や作業標準書にARやVRを取り入れることによって、コスト削減、効率の改善、安全性の強化が進めば、そうしたソリューションを利用して必要な能力を育成しようとする工場が増えていくだろう。現場の労働者も、より簡単で直感的な保守が可能となる。例えば、1台の車や機械を修理する場合、AR機能付きバイザーで作業者向けに各部品のラベル付けを行ったり、各段階の指示を実物の機械に直接映し出したりすることができる。ウェアラブルを利用すれば、機械の作業、運転、あるいは操作中の従業員の健康状態をモニタリングしたり、安全性や仕事への適合性を確認したりするのに役立つ。


不動産: 日本のROOVなどの企業が開発したVRソリューションのおかげで、部屋の見学を遠隔で行うことが現実化しつつある。不動産の購入や賃貸を検討している顧客は、物件を不動産屋のオフィスで見られるため、直接足を運ぶ時間を節約でき、オーナーもVR用モデルを作成するための撮影に部屋を1回見せるだけで済む。


メディアとエンターテインメント: AR/VRエンターテインメントは、熱心なフォロワーがいるにもかかわらず、面倒なヘッドセット、価格の高さ、コンテンツ不足などから、依然として比較的ニッチな領域に留まっている。これらの問題が解決されれば、VRはゲーム以外にも、スポーツ観戦やコンサートなどでの没入体験の創出に活用される可能性があり、観客は遠隔で参加しながらその場で観ているようなライブ感を味わえるようになる。

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