定義、創出できる価値
モノのインターネット(IoT)は、「モノ」とユーザーの両方に役立つ技術の集合体である。「モノ」にとってのメリットとは信頼性であり、データと分析を用いて製品寿命を長期化させたり、故障を防止したり、ピーク時の能力を確保したりすることである。ユーザーにとってのメリットとは、投資に対する成果を確保することであり、望み通りの能力を機械が発揮することである。今日IoTは、コネクテッドカーやコネクテッドビルディング、スマート家電、その他スマート化が可能な様々な「モノ」の中に見出すことができる。
IoTは4つの階層で構成されている。第1階層は上記に述べたような機器である。センサー(例、圧力、温度、ビデオ、モーションセンサーなど)、アクチュエーター、エッジコンピューティング機能などを備え、簡単な情報処理を低遅延でローカルに実行できる。第2階層は通信であり、各機器は、スマートフォン、Wi-Fi、低電力の広域ネットワークなどを介してインターネットに接続されている。第3階層は、支援プラットフォームであり、機器からのデータの取り込み、格納、処理を実行し、可視化やレポート作成をクラウド上でことが多い。最後の階層はビジネスアプリケーションである。すなわち、モバイルアプリ、モニタリングダッシュボードなど、IoT機器を介して顧客や企業に付加価値を提供する機能である。
IoTはいくつかの重要な価値創出の可能性を有している。
生産性と効率性: 工場や現場、オフィスのコネクテッド機器は、在庫や機材を確認したり、迅速な解決を必要とする作業の詳細情報を提供したりすることで、人が直接赴いて問題を調査したり、定期検査を実施したりするのに費やす時間を節減する。
安全性: 建物や道路のセキュリティシステムは、侵入や損傷を検出するスマートカメラ、空気質センサー、運転手が眠っていないことを確認するアラートセンサーなどによって強化できる。人間による監視の必要性を減らし、作業者や市民の健康と安全性を高める。
サービス品質: 機器や装置が作動状態を自律的にトラッキングし、報告するならば、予知保全を実施したり、故障発生時に即時に修繕チームを派遣したりすることができ、ダメージの軽減や回避が行える。他にも、継続的なデータ収集を通じて、サービス品質を客観的に測定し、改善に向けた取り組みの効果を評価したりすることもできる。
顧客の巻き込み: IoTにもとづくアナリティクスを利用すれば、スマートホーム機器以外にも、速やかな購買システム、コネクテッドカーの車載エンターテインメント、利用量に応じた保険など様々な小売分野のサービスをカスタマイズすることができる。ユーザーを楽しませながら、より関連性の高いサービスを提供することができる。
日本は、オムロンやキーエンスなどセンシングやマシンビジョンの高性能コンポーネントを製造するメーカーをいくつも擁しており、IoT分野で競争力を発揮できる可能性が明らかに存在する。
現況
B2C、B2B領域の両方でIoTの採用は着実に増加している。世界におけるIoT機器の台数は2023年までに430億台に達すると見込まれているが、この数値は地球の人口に換算すれば1人当たり5台ということになる。さらにIDCの予測に従えば、2022年を通じてIoT支出は13.6%の年平均成長率(CAGR)で増加し続ける。2019年にMcKinseyが第四次産業革命について調査したところ、様々な産業分野で1社当たり平均8件のIoTプロジェクトの実証実験を推進していることが分かった。中でも、中国とインドの企業がIoTの採用に最も熱心であり、平均10件以上のプロジェクトに取り組んでいるのに対し、日本の企業は約4件に留まっている。
下の図が示すように、IoTのユースケースが本格的に拡大し始めている。その対象は、スマートシティの基盤の構築から、ビル内のエネルギー管理の改善、店舗やオフィスにおける新たな働き方まで多岐に渡っている。
産業用IoTの展開機会が豊富にあるのは、自動車と製造業の分野である。2019年にVolkswagenはAmazon AWSと提携して、「インダストリアルクラウド」プラットフォームを立ち上げた。その目的は、サプライチェーンの提携企業を含め、世界各地に所在する100ヵ所以上の工場を接続することにある。2019年に選定した工場において5つのMVP(実用最小限の商品)に関する実証実験を開始し、各工場に展開可能なIoTユースケースを提供する「フォルクスワーゲングループ・アプリ・ストア」も開発した。主なユースケースとしては、デジタル作業現場管理(例、資産トラッキング)、プレス工場の品質保証(例、欠陥検査のコンピュータービジョン)、組立時における設備総合効率のモニタリングなどがある。
日本では、2017年に三菱ふそうが2017年に「ファクトリー・オブ・ザ・フューチャー」を発表し、2018年に稼働を開始した。川崎市の工場では、新たに導入した協働ロボットが工場のKPI改善にどれだけ役立っているかを評価するために、400個以上のセンサーを設置して、機器の稼働や操作状況をモニタリングしている。
ユーティリティ分野では、IoTで強化した発電所と送電網がサービスの継続性を改善し、効率的なエネルギー利用を可能にしてきた。東京電力は2018年から火力発電所の発電効率と稼働率の向上を目的として、遠隔監視センターを本格運用している。各発電所から得たIoTデータを基にアナリティクスを実施し、1ユニット当たり年間7000万円の燃料コスト削減、不具合停止の10~20%削減を成し遂げた。
送電網もIoTを活用して「スマート化」することができる。特に再生可能エネルギーの場合、稼働率やコスト効率は多くの変数に応じて変わることから、スマート化の効果は大きい。例えば、GE Renewable Energy はIoT駆動のデジタル・ウインド・ファームを開発している。これはリアルタイムの発電所データを発電予測モデルと組み合わせることで、発電量と利益の増大を可能にするものである。
小売分野にもIoTを適用した興味深い事例があることを紹介しておこう。ユニクロは倉庫や店舗の在庫を追跡するRFIDタグ技術を使用して、タグのユースケースをスマートチェックアウトにも拡張した。各品目のバーコードをスキャンする代わりに、購入客が買い物カゴを精算機の前に置くと、即時に合計金額が表示される。他にも、タグからの信号を使用して在庫補充を効率化したり、買物客が棚から商品を取ったり戻したりすると、そうした行動習慣が知見として提供されたりする。もう1つの興味深い在庫管理のイノベーションも日本の事例である。スマートマットは、在庫品の重量を計測して使用状況を検出し、最新情報をオペレーターに伝達する棚卸管理ユニットを提供している。
今後の技術発展の方向性
前述した4つのIoT階層のうち、3つの技術階層全てにおいて開発が進展し、IoTソリューションの機能、展開の柔軟性や容易さが向上する可能性が高い。
第一階層では、機器の機能が向上する。カメラやマイクなどの高性能センサーが小型化され、価格も下がり、様々な機器との統合が進むだろう。
また、エッジコンピューティングの機能が一層強化され、特化したプロセッサーのおかげで「エッジAI」が一般的になり得る。クラウドとの通信を必要とせずに、高度なオーディオアナリティクスやオブジェクト認識アルゴリズムを実行することが可能になり、その結果、さらなる低遅延が促進されると共に、プライバシーへの懸念も軽減されるだろう。
さらに、長時間稼働する自律型アプリケーションにとってバッテリー消費は主要な懸念事項であるため、小規模の環境発電を可能にするソリューションが増加するだろう。それにより、機器に搭載されたプロセッサーは周辺環境や機器自体の動作から生じるエネルギーを採取することができるようになる。
次に、第二階層である接続性においては、5Gネットワークの広範な展開によって膨大な数の機器が利用できるようになり、工場や職場、都市に「パーベイシブ」アナリティクスが低遅延、低コストで提供されるようになる。
ソフトウェアの観点では、自動OTA(オーバー・ザ・エア)による更新が促進されることで、スマート機器を最新状態に維持することが容易になり、ソフトウェア要件が変更された場合でも、機能的資産に対する手動の保全や交換が不要になるだろう。
最後に、第三階層である、IoTの基盤となるプラットフォームはさらに進化し、IoTフリートの展開、管理、プログラム作成がより簡潔に行えるようになる。すべての主要なパブリッククラウドサービス事業者が常に自社のIoTソリューションポートフォリオを発展させており、ユーザーはそれを利用すれば、データの可視化や機器の運用、他のビジネス領域でのアナリティクスパイプラインの作成が行える。最新のソフトウェア工学の慣習に基づき、「コンテナ化」されたIoT向けのオープンソース開発プラットフォームは一層包括的なものになり、高度に特化した機器向けにソフトウェアを作成することも、ウェブサイトやスマートフォンアプリを作成するのと同じくらい簡単になる。
将来の主要な適用事例
技術の進歩によって、IoTソリューションの機能と魅力は引き続き高まると思われるが、中核技術そのものは既に広範な適用事例において成熟している。IoTの採用を阻む残る障壁は、主に組織や市場に内在している。IoTの大規模展開に成功した企業は今のところわずかしかないことから、日本の企業がIoTの開発や適用の試みを幅広い産業に広げれば先駆者になれる可能性がある。
組織内の問題によってソリューション展開が阻害されることは少なくない。最初は期待感に押されて採用してみたものの、今現在IoTを使用している企業のうち3分の2は依然パイロットや概念実証の段階に留まっており、こうした状態を「Pilot Purgatory(パイロット地獄)」と言う。ソリューションへの投資に対するリターンの兆しはあるものの、大きな利益は出ていない。上層部の賛同や資金提供がない場合、各地の工場長たちが同時にそれぞれのIoTプロジェクトを開始することもありうるが、それぞれのベンダーが異なる場合、複数のソリューションを調整して一元化するのは非常に困難な作業になる。
普及が進まない要因を市場から見た場合、IoTのサービス事業者たちは、顧客がまだ物理的機器の制御を超えた「サービスとしてのIoT」の価値を見出せていない可能性を指摘している。魅力的な市場参入戦略や明らかに成功したユースケース実績がなければ、顧客は高い展開コストを目の当たりにして、いくら提供価値が魅力的でも躊躇しかねないのである。
日本は、高品質のエレクトロニクスと5G通信インフラの継続的な展開を基盤として、工場だけでなく、病院や道路上、消費者の自宅を対象とした革新的なアプリケーションを開発できる可能性がある。
IoMT(医療に特化したモノのインターネット)の分野は2つの点で有望である。1つ目は、病院や医療施設の資産をリアルタイムで追跡することができ、利用の最適化やタイムリーな保全と調達が可能になることである。2つ目は、治療や手術を行う上で、パーソナル機器が患者の安全性確保に役立つことである。また、退院後もバイタルサインや体調を追跡できるなど遠隔医療の有効性が増大する。日本の人口が高齢化する中、遠隔で患者を観察できれば、医療機関の負担が軽減されるだろう。
「スマートシティ」も、最適化されたインフラの維持、改善目標、市民の安全性確保などを実現するためには、IoTの広範な普及を必要とする。Miovisionはモビリティに注目しながら、既に交通モニタリングソリューションを世界の様々な都市に提供している。同社のTrafficLinkはコンピュータービジョンを使用して、市民からの報告よりも先に交通の問題や遮断状況を検出し、できるだけ速やかに保全チームを派遣することができる。日本を含め、スマートシティへの取り組みは世界各地で始まっており、今後は一元化された都市プラットフォームと統合できるIoTアプリケーションがインフラの新たな階層になっていくと思われる。
消費者がスマートホームやAIアシスタントに馴れるにつれて、消費者向けの製品も有望な分野になりつつある。IoTの適用対象として、何よりも、テレビ、白物家電、その他の家庭用品が挙げられるが、頻繁に買い替える必要性がないため、市場の成長は遅い。消費者向けのバリュープロポジションの鍵となるのは、一元的に操作する機器を介して様々な家電製品を制御できることや、スマート空調やスマート照明などのように機器の動作を使用パターンに順応させることだろう。他にも中身や所有者の好みを確認して電子商取引サイトから自動補充する冷蔵庫のように、プラットフォームに接続し、推奨事項をカスタマイズしてリアルタイムで提供することも、消費者向け製品分野でIoTが成長するための鍵となるだろう。
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